障がい者雇用

障害者雇用×社会復帰《実録》「はび・あす」から一般企業に就職しました。 

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はび・あす山元
はび・あす山元
「はび・あす」から一般企業へ就職された心身に障がいのある方のリアルな感想です。

私は平成29年9月から令和3年6月まで「はび・あす」で働いました。

20歳の時に定時制の高校を卒業し、吉本総合芸能学院(NSC)に入学しました。

渡辺直美・ジャングルポケット・見取り図などが同期です。

私は全然売れていなくて、舞台に立つための電車賃や場所代など

お金を払って活動していて、家は母子家庭で裕福ではなかったため

バイトをいくつも掛け持ちしていました。

インディーズライブが月に数本とフリーランスの先輩に呼んでもらう営業など

急に予定が入ることも多く、バイトもちゃんと出来ていなかったと思います。

そして徹夜でネタを書いたり、コントの練習などをしていました。

ランキングライブの順位で悩んだり、R-1も一回戦敗退ばかり

「はび・あす」で働く前は精神状態も、あまり良くありませんでした。

そんな私が「はび・あす」から一般企業に就職するまでや

これまでの経験について書いて行きたいと思います。

社会参加

小・中学生の時 男子からいじめられていました。

幸い女子グループの友達は居て、

今でも仲良くしているので、そんなに辛い過去というわけではないです。

小・中学生の時は、少し学級崩壊っぽい感じで授業にならない位みんなうるさかったり

先生を泣かせる男の子などもいて、私自身も、ロクに勉強せず過ごしてしまいました。

 

そして偏差値の低い高校に入学する事になり

 

元女子高で、ギャルの多いクラスに馴染めず浮いてしまい

とても辛くて学校を休んでばかりでした。

 

演劇部に入っていて部活は友達も居て楽しかったので

授業には出ず部活だけ行ったりして 先生に怒られていました。

 

一年の三学期に、休み過ぎて単位が足りなくなり中退しました。

 

その後、定時制の高等学校に入学しました。

週2回くらいのスクーリングと、基本レポートで学びました。

色んな事情・色んな年代の方がいて 何となく気持ちが楽でした。

学校が山の中にあり、行きの上り坂が大変でしたが

帰りは自転車で気持ち良く下っていけたのが良かったです。

 

なんとか20歳で高校を卒業して吉本の養成所に行きました。

この時、高等学校の奨学金返済と

NSCの学費ローンという借金がありました。

家が母子家庭で固定資産税が凄く高かったり親にも借金があり頼れない状態でした。

なので何があっても働かなくてはならない十代後半から二十代でした。




初めてのバイトは高一の頃の、郵便局の短期アルバイトでした。

キグルミショー・工場数か所・スーパー二か所・リサイクルショップ・居酒屋などなど

色々なバイトをしてきました。

 

一度高校を中退してしまうと、ちゃんと高等学校を卒業しても

中卒のように思われたり見下される事も多かったです。

また、元々がいじめられやすい?のでどこに行っても

自分は普通じゃないという劣等感がありました。

バイトで怒られる事が多く、常に自分は駄目なんだと思っていました。

それでも借金の為に、働くしかなく家に二万円くらい毎月入れていました。

 

病気を隠して働くこと

それはそれまで以上にきつく、やりにくくて辛い事ばかりでした。

かなりおかしくなり入院してしまいました。

入院中も、今まで働いてきた職場の同僚や上司から

「うっとおしかった」「早く辞めてほしかった」等 かわるがわる悪口を言われる

幻聴が聞こえていて

この社会は地獄だと思いました。

 

もう働けない。生きる意味もないと思いました。

入院中に私の借金は自分で払い終えたというハガキが届いて

返済がないのだけは本当に助かりました。

 

その時は生活保護でひきこもりなど、もう働かずに生きていこうと思いました。

 

今まで働いてきて、皆と楽しく談笑した時や

力を合わせてやり遂げた事、褒めてもらえた事など

良い思い出もあるはずなのに病気が

すべてをネガティブに変えてしまっていました。

 

デイケアに行くことで何とか立ち直り「はび・あす」で働かせてもらった事で

また一般企業で就職する事ができました。

クローズでの就労はトラウマで、もう一生したくないと思っています。

障がいをオープンに

この度就職が決まった障がいをオープンでの雇用でも

不安でいっぱいです。

それでも、やってみたいと思える位

自分が元気になったのは出合ってきた人達のおかげ

集団は人を潰す事も出来るし生かす事もできます。

日本が、人を生かす・認め合える社会になったらいいと思います。

 

私が入院していた病院のスローガンは

『鳥は空に、魚は水に、そして人は社会に』

いじめとかで学校や仕事に行けず、無理に行って

潰れてしまったり、最悪 自殺も多い世の中。

死ぬくらいなら動かない人生があってもいいと思います。

今は、パソコン一台で食べていける人もいます。

「はび・あす」はとても恵まれた環境でした。

それでも働きたくない時や、自分に負ける時がありました。

働く動機について考える時間をもらうことでクリアすることができました。

 

これからも、疲れた時や壁にぶち当たった時には何のために働くのか?

と考える事はあると思います。

その時に、自分なりの答えを持って

踏ん張れるようにしたいです。

 

色々ありましたが

人生の最後に振り返った時に、不幸な人生だったと思いたくなくて

長く生きるほどに幸せも多くなるといいなと思います。

 

自分も幸せに、周りの人達も幸せな人生を送れる事を願います。

 

ペンネーム さあさ

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